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その9 石川啄木 ローマ字日記 Part9

十一日 日曜日

 八時頃眼を覚ました。桜という桜が蕾一つ残さず咲きそろって、

散るには早き日曜日。空はのどかに晴れ渡って、暖かな日だ。

二百万の東京人がすべてを忘れて遊び暮らす花見は今日だ。

 何となく気が軽くさわやかで、若き日の元気と楽しみが身体中

に溢れているようだ。昨夜の気持ちはどこへ行ったのかと思われた。
金田一君は花婿のようにソワソワしてセッセと洋服を着ていた。

二人は連れだって九時頃外へ出た。

 田原町で電車を捨てて浅草公園を歩いた。朝ながらに人出が

多い。予はたわむれに一銭を投じて占いの紙を取った。吉と書い

てある。予のたわむれはそれから始まった。吾妻橋から川蒸気に

乗って千住大橋まで隅田川を遡った。初めて見た向島の長い土手

は桜の花の雲にうずもれて見える。鐘ケ淵を過ぎると、眼界は多少

田園の趣きを帯びてきた。筑波山も花曇りに見えない。見ゆる限り

は桜の野!

 千住の手前に赤く塗られた長い鉄橋があった。両岸は柳の緑。

千住に上がって二人はしばし、そこらをぶらついた。予は、裾をはし

ょり、帽子をアミダにかぶって、しこたま友を笑わせた。

 そこからまた船で鐘ケ淵まで帰り、花のトンネルになった土手の

上を数知れぬ人を分けて、東京の方に向かって歩いた。予はその

時も帽子をアミダにかぶり、裾をはしょって歩いた。何の意味もない、

ただそんなことをしてみたかったのだ。金田一の外聞が悪がってい

るのが面白かったのだ。何万の晴れ着を着た人が、ゾロゾロと花の

トンネルの下を歩く。中には、もう、酔っぱらっていろいろな道化た

真似をしているのもあった。二人は一人の美人を見つけて、長いこ

とそれと前後して歩いた。花はどこまでも続いている。人もどこまで

も続いている。

こととい)からまた船に乗って浅草に来た。そこで、とある牛肉屋で

昼飯を食って、二人は別れた。予は、今日、与謝野さんの宅の歌会

へ行かねばならなかったのだ。

 無論面白いことのありようがない。昨夜の「パンの会」は盛んだっ

たと平出君が話していた。あとで来た吉井は「昨晩、永代橋の上か

ら酔っぱらって小便をして、巡査に咎められた、」と言っていた。なん

でも、みんな酔っぱらって大騒ぎをやったらしい。

 例のごとく題を出して歌をつくる。みんなで十三人だ。選の済んだ

のは九時頃だったろう。予はこのごろ真面目に歌などを作る気にな

れないから、相変わらずへなぶってやった。その二つ三つ。

 わが髭の下向く癖がいきどおろし、この頃憎き男に似たれば。

 いつも逢う赤き上着を着て歩く、男の眼)このごろ気になる。
ククと鳴る鳴革
)入れし靴はけば、蛙をふむに似て気味わろし。
その前に大口
)あいてあくび)するまでの修業は三年)もかからん。

 家を出て、野越え、山越え、海越えて、あわれ、どこにか行かんと思う。
ためらわずその手取りしに驚きて逃げたる女再び帰らず。
君が眼は万年筆の仕掛けにや、絶えず涙を流していたもう。
女見れば手をふるわせてタズタズとどもりし男、今はさにあらず。
青草
)の土手に寝ころび、楽隊の遠き響きを大空から聞く。

 晶子さんは徹夜をして作ろうと言っていた。予はいいかげんな用

をこしらえてそのまま帰ってきた。金田一君の部屋には碧海君が

来ていた。予もそこへ行って一時間ばかり無駄話をした。そしてこ

の部屋に帰った。

 ああ、惜しい一日をつまらなく過ごした! という悔恨の情がにわ

かに予の胸に湧いた。花を見るならなぜ一人行って、一人で思うさ

ま見なかったか? 歌の会! 何というつまらぬ事だろう!

 予は孤独を喜ぶ人間だ。生まれながらにして個人主義の人間だ。

人と共に過ごした時間は、いやしくも、戦いでない限り、予には空虚

な時間のような気がする。一つの時間を二人なり三人なり、あるい

はそれ以上の人と共に費やす。その時間の空虚に、少なくとも半分

空虚にみえるのは自然のことだ。

 以前予は人の訪問を喜ぶ男だった。従って、一度来た人にはこの

次にも来てくれるように、なるべく満足を与えて帰そうとしたものだ。

何というつまらないことをしたものだろう! 今では人に来られても、

さほど嬉しくもない。嬉しいと思うのは金の無い時にそれを貸してく

れそうな奴の来た時ばかりだ。しかし、予はなるべく借りたくない。

もし予が何ごとによらず、人から憐れまれ、助けらるることなしに生活

することができたら、予はどんなに嬉しいだろう! これは敢えて金

のことばかりではない。そうなったら予はあらゆる人間に口一つきか

ずに過ごすこともできる。

「つまらなく暮した!」そう思ったが、その後を考えるのが何となく恐ろ

しかった。机の上はゴチャゴチャしている。読むべき本もない。さしあ

たりせねばならぬ仕事は母やその他に手紙を書くことだが、予はそ

れも恐ろしいことのような気がする。何とでもいいからみんなの喜ぶ

ようなことを言ってやって憐れな人たちを慰めたいとはいつも思う。

予は母や妻を忘れてはいない、否、毎日考えている。そしていて予は

今年になってから手紙一本とハガキ一枚やったきりだ。そのことは

こないだの節子の手紙にもあった。節子は、三月でやめるはずだっ

た学校にまだ出ている。今月はまだ月初めなのに、京子の小遣い

が二十銭しかないと言ってきた。予はそのため社から少し余計に前借

した。五円だけ送ってやるつもりだったのだ。それが、手紙を書くが

いやさに一日二日と過ぎて、ああ・・・!


すぐ寝た。

この日、朝に群馬県の新井という人が来た。「落栗」という雑誌を出すそうだ。

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十一日はあっさりしてましたね。

花見に行って、その帰りに歌会に行ったけど、とてもつまらなかった。

行かなきゃよかった。という内容。

驚いたのは、120年前の東京に既に200万人いたこと。

今1300万くらいだと思うのですが、もう200万人もいたのですね。。。

あとは全体的に啄木らしいという感じ。

孤独がいい、と言いながら、金を貸してくれる人の訪問はしぶしぶ歓迎する。

金を借りたくないといいつつ、たくさん借りてる。

妻への仕送りもろくにできず会社から前借する。

仕送りもしぶしぶ。

ほんと啄木らしいw

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