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その12 石川啄木 ローマ字日記 Part12

十四日 水曜日

晴。佐藤さんに病気届をやって、今日と明日休むことにした。

昨夜金田一君から、こないだの二円返してくれたので、今日は

煙草に困らなかった。そして書き始めた。題は、「ホウ」あとで

「木馬」と改めた。

創作の興と性欲とはよほど近いように思われる。貸本屋が

来て妙な本を見せられると、なんだか読んでみたくなった。

そして借りてしまった。一つは「花の朧夜)。」一つは「情)の虎の

巻。」「朧夜」の方をローマ字で帳面に写して、三時間ばかり

費やした。

夜は金田一君の部屋に中島君と、噂に聞いていた小詩人君

・・・内山舜君が来たので、予も行った。

内山君の鼻の恰好たらない! 不恰好な里芋を顔の真ん中

にくっつけて、その先を削って平たくしたような鼻だ。よくしゃべる、

たてつづけにしゃべる。まるで髭をはやした豆蔵)のようだ。

背も低い。予の見た数しれぬ人のうちにこんな憐れな人はなか

った。まことに憐れな、そして道化た、罪のない・・・むしろそれ

が度を過ごして、かえって、思うさまぶん殴ってでもやりたくなる

ほど憐れな男だ。真面目で言うことはみんな滑稽に聞こえる。

そして何かおどけた事を言って不恰好な鼻をすすり上げると泣く

のかと思える。 詩人! この人の務める役はお祭りの日に、

片蔭へ子供らを集めて、泣くような歌を歌いながら、鉢巻をして

踊る・・・それだ!

雨が降ってきた。もう十時近かった。中島君は社会主義者

だが、彼の社会主義は貴族的な社会主義だ・・・彼は車で帰って

行った。そして内山君・・・詩人は本当の社会主義者だ・・・番傘

を借りて帰っていくその姿はまことに詩人らしい恰好を備えて

いた・・・

何か物足らぬ感じが予の胸に・・・そして金田一君の胸にも

あった。二人はその床の間の花瓶の桜の花を、部屋いっぱい

に・・・敷いた布団の上に散らした。そして子供のようにキャッキャ

騒いだ。

金田一君に布団をかぶせてバタバタ叩いた。そして予はこの

部屋に逃げてきた。そしてすぐ感じた。「今のはやはり現在に

対する一種の破壊だ!」

「木馬」を三枚書いて寝た。節子が恋しかった・・・しかしそれは

侘しい雨の音のためではない。「花の朧夜」を読んだためだ!
中島孤島君は予の原稿を売ってくれると言った。

十五日 木曜日

否! 予における節子の必要は単に性欲のためばかりか?

否! 否!

恋は醒めた。それは事実だ。当然なる事実だ・・・悲しむべき、

しかしやむを得ぬ事実だ!

しかし恋は人生のすべてではない。その一部分だ。恋は遊戯

だ。歌のようなものだ。人は誰でも歌いたくなる時がある。そして

歌ってる時はたのしい。が、人は決して一生歌ってばかりはおら

れぬものである。同じ歌ばかり歌ってると、いくら楽しい歌でも

飽きる。またいくら歌いたくっても歌えぬ時がある。

恋は醒めた。予は楽しかった歌を歌わなくなった。しかしその

歌そのものは楽しい。いつまでたっても楽しいに違いない。

予はその歌ばかりを歌ってることに飽きたことはある。しかし、

その歌を、いやになったのではない。節子は誠に善良な女だ。

世界のどこにあんな善良な、やさしい、そしてしっかりした女が

あるか? 予は妻として節子よりよき女を持ち得るとはどうして

も考えることができぬ。予は節子以外の女を恋しいと思ったこと

はある。他の女と寝てみたいと思ったこともある。現に節子と

寝ていながらそう思ったこともある。そして予は寝た・・・他の女

と寝た。しかしそれは節子と何の関係がある? 予は節子に

不満足だったのではない。人の欲望が単一でないだけだ。

予の節子を愛してることは昔も今も何の変わりがない。節子

だけを愛したのではないが、最も愛したのはやはり節子だ。今も

・・・ことにこのごろ予はしきりに節子を思うことが多い。

人の妻として、世に節子ほど可哀想な境遇にいるものがあろ

うか?!

現在の夫婦制度・・・すべての社会制度は間違いだらけだ。

予はなぜ親や妻や子のために束縛されねばならぬか?

親や妻や子はなぜ予の犠牲とならねばならぬか? しかし

それは予が親や節子や京子を愛してる事実とはおのずから

別問題だ。

まことに厭な朝であった。恋のごとくなつかしい春の眠りを

捨てて起き出でたのは、もう十時過ぎであった。雨・・・強い雨

が窓にしぶいていた。空気はジメジメしている。便所に行って

驚いて帰って来た。昨日まで冬木のままであった木がみな

浅緑の芽をふいている。西片町の木立は昨日までの花衣を

脱ぎ捨てて、雨の中に煙るような若葉の薄物をつけている。

一晩の春の雨に世界は緑色に変わった!
今朝また下宿屋の催促!

こういう生活をいつまで続けねばならぬか? この考えは

すぐに予の心を弱くした。何をする気もない。そのうちに雨は

晴れた。どこかへ行きたい。そう思って予は外に出た。金田一君

からまさかの時に質に入れて使えと言われていたインバネスを

松坂屋へ持って行って、二円五十銭借り、五十銭は先に入れて

いるのの利子に入れた。そうして予はどこに行くべきかを考えた。

郊外へ出たい・・・が、どこにしよう? いつか金田一君と花見に

行ったように、吾妻橋から川蒸気に乗って千住大橋へ行き、

田舎めいた景色の中をただ一人歩いてみようか? 或いはまた、

もしどこかに空き家でもあったら、こっそりその中へ入って夕方

まで寝てみたい!

とにかく予のその時の気持ちでは人の沢山いるところは厭で

あった。予はその考えを決めるために本郷館・・・完工場)をひと

廻りした。そして電車に乗って上野に行った。

雨の後の人少なき上野! 予はただそう思って行った。桜と

いう桜の木は、花が散りつくしてガクだけ残っている・・・汚い色

だ。楓の緑! 泣いたあとの顔のような醜さの底から、どことなく

もう初夏)の刺激強い力が現れているように見える。とある堂の

後ろで、四十位のらい病患者の女が巡査に調べられていた。

どこかへ行きたい! そう思って予は歩いた。高い響きが耳に

入った。それは上野のステーションの汽車の汽笛だ・・・

汽車に乗りたい! そう予は思った。どこまでというアテもない

が、乗って、そしてまだ行ったことのない所へ行きたい! 幸い、

ふところには三円ばかりある。 ああ! 汽車に乗りたい! そう

思って歩いていると、ポツリポツリ雨が落ちてきた。

雨は別に本降りにもならずに晴れたが、その時はもう予は

広小路の商品館の中を歩いていた。そして、馬鹿な! と

思いながら、その中の洋食店へ入って西洋料理を食った。

原稿紙、帳面、インクなどを買って帰った時、金田一君も帰っ

て来た。そして一緒に湯に入った。

「木馬」!

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今日は2日取り上げました。

>創作の興と性欲とはよほど近いように

創作の興と性欲が近いというよりは、エネルギーと性欲が近い

のかなぁって感じますね。自分のエネルギーが強いと創作の

興は飛躍的に高まりますし、性欲も高まります。

内山君評はひどいですね、いつもながらw

不細工で哀れ。なんか言いうる限りの悪口な気がします。。。

奥さんに対する複雑な想い。

・最高の妻

・でも恋は醒めてる

・自分みたいな旦那で可哀そう

・でも余も責任を背負って可哀そう

・故に日本の夫婦制度が悪い

まあ啄木の想いはこんなところだと思いますが、辛くなると

すぐに貸本か散歩、旅行で気晴らしする、だから金が減る

んじゃん、って思いましたw

>ふところには三円ばかりある

仕送りしろよ!

と突っ込みたくなりますね・・・。

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