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その13 石川啄木 ローマ字日記 Part13

十六日 金曜日

何という馬鹿なことだろう! 予は昨夜、貸本屋から

借りた徳川時代の好色本「花の朧夜」を三時頃まで

帳面に写した・・・ああ、予は! 予はその激しき楽しみ

を求むる心を制しかねた!

今朝は異様なる心の疲れを抱いて十時半頃に眼を

さました。そして宮崎君の手紙を読んだ。ああ!

みんなが死んでくれるか、予が死ぬか。二つに一つだ!

実際予はそう思った。そして返事を書いた。予の生活の

基礎は出来た、ただ下宿をひき払う金と、家を持つ金と、

それから家族を呼び寄せる旅費! それだけあればよい!

こう書いた。そして死にたくなった。

やろうやろうと思いながら、手紙を書くのが厭さに・・・

恐ろしさに、今日までやらずにおいた一円を母に送った

・・・宮崎君の手紙に同封して。

予は昨夜の続き・・・「花の朧夜」を写して、社を休んだ。
夜になった。金田一君が来て、予に創作の興を起させ

ようといろいろな事を言ってくれた。予は何ということなく、

ただもうむやみに滑稽なことをした。

「自分の将来が不確かだと思うくらい、人間にとって安心

なことはありませんね! ハ、ハ、ハ、ハ!」
金田一君は横に倒れた。
予は胸の肋骨をトントン指で叩いて、「僕が今何を・・・

何の曲を弾いてるか、わかりますか?」

あらん限りの馬鹿真似をして、金田一君を帰した。そし

てすぐペンをとった。三十分過ぎた。予は予がとうてい

小説を書けぬことをまた真面目に考えねばならなかった。

予の未来に何の希望のないことを考えねばならなかった。

そして予はまた金田一君の部屋に行って、数限りの馬鹿

真似をした。胸に大きな人の顔を書いたり、いろいろな顔

をしたり、口笛でうぐいすやホトトギスの真似をしたり・・・

そして最後に予はナイフを取り上げて芝居の人殺しの

真似をした。金田一君は部屋の外に逃げ出した! ああ!

予はきっとその時あの恐ろしいことを考えていたったに相違ない!

予はその部屋の電灯を消した、そして戸袋の中にナイフを

振り上げて立っていた!

二人がさらに予の部屋で顔を合わした時は、どっちも今の

ことをあきれていた。予は、自殺ということは決してこわいこと

でないと思った。

かくて、夜、予は何をしたか? 「花の朧夜」!
二時頃だった。小石川の奥のほうに火事があって、真っ暗

な空にただ一筋の薄赤い煙がまっすぐに立ち昇った。
火! ああ!

十七日 土曜日
十時頃に並木君に起された。予は並木君から時計を質に

入れてまだ返せずにいる。その並木君の声で、深い、深い、

眠りの底から呼び覚まされた時、予は何ともいえぬ不愉快を

感じた。罪を犯した者が、ここなら安心とどこかへ隠れていた

ところへ、巡査に踏み込まれたならこんな気持ちがするかも

しれぬ。

どうせ面白い話のありようはない。無論時計の催促を受け

たんでも何でもないが、二人の間には深い性格のへだたり

がある……ゴリキーのことなどを語り合って、十二時頃別れた。

今日こそ必ず書こうと思って社を休んだ・・・否、休みたかった

から書くことにしたのだ。それはともかくも予は昨夜考えておい

た「赤インク」というのを書こうとした。予が自殺することを書くの

だ。ノート三枚ばかりは書いた。・・・そして書けなくなった!

なぜ書けぬか? 予はとうてい予自身を客観することができ

ないのだ、否。とにかく予は書けない・・・頭がまとまらぬ。
それから、「茂吉イズム」という題でかつて「入京記」に書こう

と思っていたことを書こうとしたが・・・
風呂で金田一君に会った。今神保博士から電話がかかって

きたが、樺太行きが決まりそうだという。金田一君も驚いている

し、予も驚かざるを得なかった。行くとすればこの春中だろうと

いうことだ。樺太庁の嘱託として「ギリヤーク」「オロツコ」など

いう土人の言葉を調べるに行くのだそうだ。

風呂から上ってきて机に向かうと悲しくなった。金田一君が

樺太へ行きたくないのは、東京で生活することのできるためだ。

まだ独身でいろいろな望みがあるためだ。もし予が金田一君

だったらと考えた。ああ、ああ!

間もなく金田一君が、「独歩集 第二」を持って入って来た。

そして泣きたくなったと言った。そしてまた今日一日予のこと

ばかり考えていたと言って、痛ましい眼つきをした。

金田一君に独歩の「疲労」その他二三篇を読んでもらって

聞いた。それから樺太のいろいろの話を聞いた。アイヌの

こと、朝空に羽ばたきする鷲のこと、船のこと、人の入れぬ

大森林のこと・・・

「樺太まで旅費がいくらかかります?」と予は問うた。
「二十円ばかりでしょう。」
「フーン。」と予は考えた。そして言った。
「あっちへ行ったら何か僕にできるような口を見つけてくれま

せんか? 巡査でもいい!」
友は痛ましい眼をして予を見た。
一人になると、予はまた厭な考えごとを続けなければなら

なかった。今月ももう半ば過ぎた。社には前借があるし・・・

そして、書けぬ!

「スバル」の歌を直そうかとも思ったが、紙をのべたたけで厭

になった。
空き家へ入って寝ていて、巡査に連れられていく男のことを

書きたいと思ったが、しかし筆をとる気にはなれぬ。
泣きたい! 真に泣きたい!
「断然文学を止めよう。」と一人で言ってみた。
「止めて、どうする? 何をする?」
「Death」と考えるほかはないのだ。
実際予は何をすればよいのだ?
予のすることは何かあるだろうか?
いっそ田舎の新聞へでも行こうか!
しかし行ったとてやはり家族を呼ぶ金は容易に出来そうも

ない。そんなら、予の第一の問題は家族のことか?

とにかく問題は一つだ。いかにして生活の責任の重さを感じ

ないようになろうか? ・・・これだ。
金を自分が持つか、然らずんば、責任を解除してもらうか、

二つに一つ。
おそらく、予は死ぬまでこの問題を背負って行かねばならぬ

だろう! とにかく寝てから考えよう。(夜一時。)

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今日は箇条書きで書いてみます。

・エロ本のコピー作成作業。そうか当時は当然コピー機がない

から、レンタルだと書き写さないといけないのか!そう思いまし

た。それにしても啄木、今エロ本を書き写している時か?!

・以下の言葉に対して。

>ただ下宿をひき払う金と、家を持つ金と、

>それから家族を呼び寄せる旅費! それだけあればよい!

それだけ、って、啄木どんだけかかると思ってるの?借金

まみれの君では無理すぎだよ?!

・エロ本書き写しで休暇。アホの極みですね。。。1日でも

稼ぎは重要だろうに。

・あらん限りの馬鹿真似。見てみたかった。これ実写化したら

監督はどう描くのだろうか、少し楽しみになった。

・自殺することを書くために会社を休む。この本末転倒ぶり

が啄木らしいというか。

・金田一君の樺太行きの話。金田一君は既にアイヌ第一

任者としての道のりを始めていたのですね。それに引き換え

啄木の「巡査でもいい!」はどういうことなんだろうか。心身

経済共に不安定な自分には金田一君がいないときつい、

ということなのか。。。

・啄木かなり精神的に追い詰められてますね。。。

・執筆活動を辞める

・辞めたら死ぬか

・田舎に帰るか

・金が足りない

・離婚するか

こんなことを書いてますけど、読めば

・執筆活動はやめられない(死と等価と言ってるのだから)

・田舎に帰る気はない

・離婚した方が楽だけど、したくはない

と分かる。だったら、

・家族を呼び寄せられるように必死に働く

・仕事外の時間で執筆活動に専念する

これが最善に感じるのですが、なんでこの発想に至らない

のか。。。

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