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その22 石川啄木 ローマ字日記 Part22

五月一日 土曜日

昨日は一日、ヌカのような雨が降っていたが、今日はきれいに晴れて、

久しぶりに富士を眺めた。北の風で少し寒い。

午前は「ルーヂン、浮草」を読んで暮した。ああ! ルーヂン! ルーヂン

の性格について、考えることは、即ち予自身がこの世に何も起し得ぬ男

であるということを証明することである。

社に行くと佐藤さんは休み。加藤校正長は何だかむくんだような顔をして

いた。わざと昨日休んだ言い訳を言わずに、予も黙っていてやった。

前借は首尾よく行って二十五円借りた。今月はこれでもう取る所がない。

先月の煙草代一円六十銭を払った。

六時半に社を出た。午前に並木君が来て例の時計の話があったので、

その二十五円の金をどう処分すればいいか・・・時計を受けると宿にやる

のが足らなくなり、宿に二十円やれば時計はダメだ・・・この瑣末な問題が

頭いっぱいにはだかって容易に結末がつかない。実際この瑣末な問題は

死のうか死ぬまいかということを決するよりも予の頭に困難を感じさせた。

とにかくこれを決めなければ家へ帰れない。

尾張町から電車に乗った。それは浅草行きであった。
「お乗換は?」
「なし。」
こう答えて予は「また行くのか?」と自分に言った。
雷門で降りて、そこの牛屋へ上って夕飯を食った。それから活動写真へ

入ったがちっとも面白くない。「スバル短歌号」を雑誌屋で買った。

「行くな! 行くな!」と思いながら足は千束町へ向かった。常陸屋の前を

そっと過ぎて、金華亭という新しい角の家の前へ行くと、白い手が格子の

間から出て予の袖を捕えた。フラフラとして入った。

ああ! その女は! 名は花子。年は十七。一目見て予はすぐそう思った。
「ああ! 小奴だ! 小奴を二つ三つ若くした顔だ!」
程なくして予は、お菓子売りのうす汚い婆さんとともに、そこを出た。
そして方々引っ張り廻されての挙句、千束小学校の裏手の高い煉瓦塀の

下へ出た。細い小路の両側は戸を閉めた裏長屋で、人通りは忘れてしまった

ように無い。月が照っている。

「浮世小路の裏へ来た!」と予は思った。
「ここに待ってて下さい。私は今戸をあけてくるから、」とばあさんが言った。

何だかキョロキョロしている。巡査を恐れているのだ。

死んだような一棟の長屋のとっつきの家の戸を静かに開けて、婆さんは

少し戻って来て予を月影に小手招ぎした。

婆さんは予をその気味悪い家の中へ入れると、「私はそこいらで張り番

していますから、」と言って出て行った。

花子は予よりも先に来ていて、予が上るが否や、いきなり予に抱きついた。
狭い、汚い家だ。よくも見なかったが、壁は黒く、畳は腐れて、屋根裏が

見えた。そのみすぼらしい有様を、長火鉢の猫板の上に乗っている豆ランプ

がおぼつかなげに照らしていた。古い時計がものうげになっている。

煤びた隔ての障子の陰の二畳ばかりの狭い部屋に入ると、床が敷いてあった

・・・少し笑っても障子がカタカタ鳴って動く。

微かな明りにジッと女の顔を見ると、丸い、白い、小奴そのままの顔がうす

暗い中にポッと浮かんで見える。予は眼も細くなるほどうっとりとした心地に

なってしまった。

「小奴に似た、実に似た!」と、幾度か同じことばかり予の心はささやいた。
「ああ、こんなに髪がこわれた。イヤよ、そんなに私の顔ばかり見ちゃ!」と女は言った。
若い女の肌はとろけるばかり温かい。隣室の時計はカタッカタッと鳴っている。
「もう疲れて?」
婆さんが静かに家に入った音がして、それなり音がしない。
「婆さんはどうした?」
「台所にかがんでるわ。きっと。」
「可哀そうだね。」
「かまわないわ。」
「だって可哀そうだ!」
「そりゃ可哀そうには可哀そうよ。本当の独り者なんですもの。」
「お前も年をとるとああなる。」
「イヤ、わたし!」
そしてしばらく経つと、女はまた、
「いやよ、そんなにわたしの顔ばかり見ちゃ。」
「よく似てる」
「どなたに?」
「俺の妹に。」
「ま、うれしい?」と言って花子は予の胸に顔を埋めた。

不思議な晩であった。予は今まで幾度か女と寝た。しかしながら

予の心はいつも何物かに追っ立てられているようで、イライラして

いた。自分で自分をあざ笑っていた。今夜のように眼も細くなるよう

なうっとりとした、縹渺とした気持ちのしたことはない。

予は何ごとをも考えなかった。唯うっとりとして、女の肌の温かさ

に自分の身体まであったまってくるように覚えた。そしてまた、

近ごろはいたずらに不愉快の感を残すに過ぎぬ○○○、この晩は

○○○○○○のみ過ぎた。そして予は後までも何の厭な気持ちを

残さなかった。

一時間経った。夢の一時間が経った。予も女も起きて煙草を喫った。
「ね、ここから出て左へ曲って二つ目の横町の所で待ってらっしゃい!」

と女はささやいた。

シンとした浮世小路の奥、月影水のごとき水道のわきに立っていると、

やがて女が小路の薄暗い片側を下駄の音かろく駆けて来た。二人は

並んで歩いた。時々そばへ寄って来ては、「ほんとにまたいらっしゃい。ね!」

宿に帰ったのは十二時であった。不思議に予は何の後悔の念をも

起さなかった。「縹渺たる気持ち」がしていた。

火もなく、床も敷いてない。そのまま寝てしまった。

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いやー、いろいろと最低だけど最高だ、啄木w

最低啄木:

・無断欠勤の言い訳さえしない

・25円(12万5000円相当)を前借

・金欠なのに風俗に行く

・あろうことか妹似の未成年を抱く

最高啄木:

・危機的状況でもまったくめげない

・こんな状況でも夢に陶酔できる

ただ、僕が啄木の仲間なら殴るかもしれませんね。あまりにも人間としてまずい。

ほんと26で死んでしまったのが残念でなりません。こういう才能ある曲がった

人間が一皮むけるともっとすごいものが作れたと思うので。

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