8日、木曜日
たぶん、隣室の忙しさに紛れて忘れたのであろう、(忘れるというのが既に侮辱だ。
今の余の境遇ではその侮辱が、また、当然なのだ。そう思って余はいかなる事にも笑っている。)
余は考えた。余は今までこんな場合には、いつでも黙って笑っていた、ついぞ怒ったことはない。
しかしこれは、余の性質が寛容なためか?おそらくそうではあるまい。仮面だ、
しからずば、もっと残酷な考えからだ。余は考えた、そして「ティウォテ女中」を読んだ。
空は穏やかに晴れた。花時の巷は何となく浮き立っている。風が時々砂を巻いてそぞろゆく
人々の花見衣を翻した。
社の帰り、工学士の日野沢君と電車で一緒になった。ちゃきちゃきのはいからっこだ。
その仕立て下ろしの洋服姿と、袖口の切れた綿入れを着た余と並んで腰を掛けた時は、
すなわち余の口から何か皮肉な言葉の出ねばならぬ時であった。
”どうです、花見に行きましたか?”
”いいえ、花見なんかする暇がないんです。”
”そうですか。それは結構ですね。”
と余は言った。余の言った事はすこぶる平凡な事だ、誰でも言う事だ。そうだ、その平凡
な事をこの平凡な人に言ったのが、余は立派なアイロニーのつもりなのだ。
無論、日野沢君にこの意味の分かる気遣いはない。一向平気なものだ。そこが面白いのだ。
余らと向かい合って、二人のおばさんが腰かけていた。
”僕は東京のおばさんは嫌いですね”
と余は言った。
”何故です?”
”見ると感じが悪いんです。どうも気持ちが悪い。田舎のおばさんのようにおばさんらしい
ところがない。”
その時一人のおばさんは黒メガネの中から余をにらんでいた。辺りの人たちも余の方を
注意している。余は何となく愉快を覚えた。
”そうですか。”
と日野沢君はなるべく小さい声で言った。
”もっとも、同じ女でも、若いのなら東京に限ります。おばさんときちゃみんな小憎らしい面
をしてますからね。”
”はははは”
”僕は活動写真が好きですよ。君は?”
”まだわざわざ見に行った事はありません。”
”面白いもんですよ。行ってごらんなさい。なんでしょう、ぱーーっと明るくなったり、ぱーーっと
暗くなったりするんでしょ?それが面白いんです。”
”目が悪くなりますね。”
というこの友人の顔には、きまり悪い当惑の色が明らかに読まれた。余はかすかな勝利を
感ぜずにはいられなかった。
”ははは!”
と今度は余が笑った。
着物の割けたのを縫おうと思って、夜8時頃、針と糸を買いに一人出掛けた。
本郷の通りは春の賑わいを見せていた。いつもの夜店のほかに、植木屋がたくさん出ていた。
人はいずれも楽しそうに肩と肩を擦って歩いていた。余は針と糸を買わずに、
”やめろ、やめろ”という心の叫びを聞きながら、とうとう財布を出してこの帳面と足袋と
猿股と巻紙と、それから三色すみれの鉢を二つと5銭ずつで買ってきた。
余は何故必要なものを買う時にまで、”やめろ”と言う心の声を聴かねばならぬか?
”一文無しになるぞ”と、その声が言う。”函館では困ってるぞ”と、その声が言う!
すみれの鉢の一つを持って金田一君の部屋に行った。
”昨日あなたの部屋に行った時、言おう言おうと思ってとうとう言いかねたことがありました。”
と友は言った。面白い話がかくて始まったのだ。
”なんです?・・・さあ一向分からない!”
友は幾度かためらった後、ようよう言い出した。それはこうだ。・・・
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4月8日はとても長いので、Part3に続きます!
それにしても啄木、ゲスの極みですねぇ。。。
さっき、奥さんと話してたんですけど、
「啄木っていくつだったの?」
「23歳か24歳だね。」
「ってことは、東京のおばさんって30代でしょ、たぶん」
「まあ30前後だろうねぇ」
「男なんてみんな畳と女房は新しい方がいい。って言うんでしょ、どうせ」
「いやいや、俺違うから。俺熟した方が好きだから!」
-- スルー --
まあいつもこんな感じですw
でも、このゲスさがだんだん癖になってきましたw
やっぱり、啄木、「余」がとても似合います。僕や私は似合わない!
常に上から目線で余。平凡をアイロニーで笑い飛ばす。
俺は違うからと言いたいばかりに。
明日も楽しみです!