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その3 石川啄木 ローマ字日記 Part3

4月8日の続きです。

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京都の大学生が10何人、この下宿に来て、7番と8番、すなわち余と
金田一君との間の部屋に泊まったのは、今月の1日の事だ。
女中は皆大騒ぎしてその方のようにばかり気を取られていた。
中にもお清-5人のうちでは一番美人のお清は、ちょうど3回
もちの番だったから、ほとんど朝から晩-夜中までもこの若い、
元気のある学生共の中にばかりいた。みんなは”お清さん、
お清さん”と言って騒いだ。中には随分いかがわしい言葉や、
くすぐるような気配なども聞こえた。余はしかし、女中共の
強度にちらちら見える虐待には慣れっこになっているで、
したがって彼らのことには多少無関心な態度を取れるように
はなっていたから、それに対して格別不愉快にも感じていな
かった。しかし、金田一君は、その隣室の物音の聞こえるたび、
言うに言われぬ嫉妬の情に駆られたという。

嫉妬!なんという微妙な言葉だろう!友はそれを抑えかねて、
果ては自分自身を浅ましい嫉妬深い男と思い、1日から4日
までの休みを全く不愉快に送ったと言う。そして、5日の日
に三省堂へ出て、ほーと安心して息をつき、小詩人君(
その編集局にいる哀れな男)の言い草ではないが、うちに
いるよりここの方がいくら気がのんびりしてるだろうと
思った。それからようやく少し平生の気持ちになりえたと
のことだ。

お清というのは2月の末に来た女だ。肉感的に太って、気色
がよく、眉が濃く、やや角ばった顔に太い聞かん気が現れて
いる。歳は二十歳だという。なんでも、最初来た時
金田一君にだいぶ接近しようとしたらしい。それをお常
-これも面白い女だ- がむきになって、妨げたらしい。
そして、お清は急にわが友に対する態度を改めたらしい。
これは友の言うところでほぼ察することができる。

友はその後、お清に対して、ちょうど自分の家へ飛んで
入った小鳥に逃げられたような気持ちで、絶えず目を
つけていたらしい。お清の生まれながらの挑発的な、
そのくせどこか人を圧するような態度は、また、
女珍しい友の心をそれとなく支配していたと見える。

そして金田一君ー今まで女中に祝儀をやらなかった
金田一君は、先月の晦日にお清一人にだけなにがしか
の金をくれた。お清はそれを下へ行ってみんなに話した
らしい。あくる日からお常の態度は一変したという。
誠にばかな、そして憐れむべき話だ。そしてこれこそ
真に面白みのある事だ。そこへもってきて大学生が
やってきたのだ。

お清は強い女だ!と二人は話した。5人のうち、
一番働くのはこのお清だ。その代わり普段には、
夜10時にさえなれば、人にかまわず一人寝てしまう
そうだ。働きぶりには誰一人及ぶものがない。
したがってお清はいつしかみんなを圧している。
随分聞かん気の、滅多に泣くことなどない女らしい。
その性格は強者の性格だ。

一方、金田一君が嫉妬深い、弱い人のことはまた
争われない。人の性格に二面あるのは疑うべきあら
ざる事実だ。友は一面に誠におとなしい、人のよい、
優しい、思いやりの深い男だと共に、一面、嫉妬
深い、弱い小さな己惚れのある、女々しい男だ。

それは、まあ、どうでもよい。その学生共は
今日みんな発ってしまって、たった二人残った。
その二人は7番と8番へ今夜一人ずつ寝た。
余は遅くまで起きていた。

ちょうど1時20分ごろだ。一身になってペンを
動かしていると、ふと、部屋の外に忍び足
の音と、せわしい息遣いとを聞いた。
はて!そう思って余は息を潜めて聞き耳を立てた。

外の息遣いは、しんとした夜更けの空気に嵐
のように激しく聞こえた。しばらくは歩く気配がない。
部屋部屋の様子を伺っているらしい。

余はしかし、はじめからこれを盗人などとは思わな
かった。確かにそうだ!

つと、大きく島田をいった女の影法師が入り口の
障子に鮮やかに映った。お清だ!
強い女も人に忍んで梯子を上がってきたので、
その息遣いの激しさに、いかに心臓が強く波打って
るかが分かる。影法師は廊下の電灯のために映る
のだ。

隣室の入り口の回し戸が静かに開いた。女は中に
入っていった。”うー”と、微かな声!
寝ている男を起こしたものらしい。まもなく
女は、一旦閉めた戸を、また少し細目に開けて、
余の部屋の様子を伺っているらしかった。
そしてそのまままた中へ行った。

”うーうーうー”とまた聞こえる。微かな
話し声!女はまた入り口まで出てきて戸を閉めて、
二三歩歩く気配がしたと思うと、それっきりなんの
音もしなくなった。

遠くの部屋で”かん”と1時半の時計の音。
微かに鶏の声。

余は息が詰まるように感じた。隣室では無論
もう余も寝たものと思っているのに違いない。
もし起きてる気配を察したら、二人はどんなにか
困るだろう。こいつは困った。そこで余は
なるだけ音のしないようにまず羽織を脱ぎ、「
足袋を脱ぎ、そろそろ立ち上がってみたが、
床の中に入るにはだいぶ困難した。とにかく
10分ばかりもかかって、やっと音なく寝ることが
できた。それでもまだなんとなく息が詰まるようだ。
実にとんだ目にあったもんだ。

隣室からは、遠いところに獅子でもいるように、
そのせわしい、あたたかい、不規則な呼吸が
微かに聞こえる。身も心もとろける楽しみの
真っ最中だ。

その音ー不思議な音を聞きながら、なぜか余は
さっぱり心を動かさなかった。余ははじめ
からいい小説の材料でも見つけたような気がして
いた。”いったいなんと言う男だろう?
きっとお清を手に入れたいばっかりに、わざわざ
居残ったものだろう。それにしても、お清の奴、
随分大胆な女だ。”こんなことを考えた。
”明日早速金田一君に知らせようか?いや、
知らせるのは残酷だ・・・・いや、知らせる方が
面白い・・・2時の時計が鳴った。
まもなく余は眠ってしまった。

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いや、それ金田一君に言ったらあかんやろ!!とハリセンで突っ込みたくなりましたw

でも、なんか言われたい放題の金田一君が気になり、Wikiで調べてみました。

金田一京助:日本のアイヌ語研究の本格的創始者として知られる。

小説家じゃなかった!!!!!

でも、明らかに啄木は金田一君を見誤ってたようですね。

自分も貧乏なのに、「遊ぶ金がほちいの」と金を無心してくるゲスの極み啄木にほいほい金を貸す。

これは度量の大きさに他ならない。僕なら啄木が来たらびた一文も貸しませんね。

「相応の生活をしような、お互い。」で返す。

まあ僕はスケールの小ささを自認していますから、まあいいですw

どうも4月8日の日記は、短編小説「金田一とお清」って感じでしたね。

大正時代の足音が聞こえる明治の末。大正デモクラシーでは女性の社会進出が

盛んになっていきますが、このお清さん、逆夜這いを仕掛けるあたり、すでに

そういう社会的背景・雰囲気が東京、特に本郷(東大あたり)では醸成されて

いたのでしょうね。おそらく女中にも「はいから」が似合いつつあったのでは。

大正って政治事件はいろいろあったけど、なんとなくなんですが、日本が

もっとも幸せだった時代な気がしなくもありません。モボ・モガ、社会の不確実

性から生じたと思われる退廃的空気、この2020年も舞台背景は大正と

あまり変わらないのですが、何か違う感じがします。

まあ、幸せは考え方次第なので、どちらの時代でも幸せにはなれるんです

けどね。

それにしても、読めば読むほど崩れ落ちていく啄木像。これこそが最大の

アイロニーですよ、啄木さんwww

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