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2020/7/28

その16 石川啄木 ローマ字日記 Part16

二十日 火曜日 廊下でおつねが何か話している。その相手の声は予の未だ聞いたことの ない声だ。細い初々しい声だ。また新しい女中が来たなと思った・・・それは 七時頃のこと・・・この日第一に予の意識にのぼった出来事はこれだ。 うつらうつらとしていると、誰かしら入って来た。「きっと新しい女中だ。」・・・ そう夢のように思って、二三度ゆるやかな呼吸をしてから眼を少しばかり開い てみた。 思ったとおり、十七ぐらいの丸顔の女が、火鉢に火を移している。「おさださん に似た、」とすぐ眼をつぶりながら、思った。おさださんとい ...

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2020/7/27

その15 石川啄木 ローマ字日記 Part15

十九日 月曜日 下宿の虐待は至れり尽せりである。今朝は九時頃起きた。顔を洗って きても火鉢に火もない。一人で床を上げた。マッチで煙草をのんでいると、 子供が廊下を行く。言いつけて、火と湯をもらう。二十分も経ってから飯を 持ってきた。シャモジがない。ベルを押した。来ない。また押した。来ない。 よほど経ってからおつねがそれを持ってきて、もの言わずに投げるように 置いて行った。味噌汁は冷たくなっている。 窓の下にコブの木の花が咲いている。昔々、まだ渋民の寺にいたころ、 よくあの木の枝を切ってはパイプをこしらえた ...

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2020/7/26

その14 石川啄木 ローマ字日記 Part14

十八日 日曜日 早く眼は覚ましたが、起きたくない。戸が閉まっているので部屋の 中は薄暗い。十一時までも床の中にモゾクサしていたが、社に行こ うか、行くまいかという、たった一つの問題をもてあました。行こうか ? 行きたくない。行くまいか? いや、いや、それでは悪い。何とも 結末のつかぬうちに女中がもう隣の部屋まで掃除してきたので起き た。顔を洗ってくると、床を上げて出て行くおつねの奴。 「掃除はお昼過ぎにしてやるから、ね、いいでしょう?」 「ああ。」と予は気抜けしたような声で答えた。 「・・・してやる? フ ...

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2020/7/25

その13 石川啄木 ローマ字日記 Part13

十六日 金曜日 何という馬鹿なことだろう! 予は昨夜、貸本屋から 借りた徳川時代の好色本「花の朧夜」を三時頃まで 帳面に写した・・・ああ、予は! 予はその激しき楽しみ を求むる心を制しかねた! 今朝は異様なる心の疲れを抱いて十時半頃に眼を さました。そして宮崎君の手紙を読んだ。ああ! みんなが死んでくれるか、予が死ぬか。二つに一つだ! 実際予はそう思った。そして返事を書いた。予の生活の 基礎は出来た、ただ下宿をひき払う金と、家を持つ金と、 それから家族を呼び寄せる旅費! それだけあればよい! こう書いた。 ...

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2020/7/22

その12 石川啄木 ローマ字日記 Part12

十四日 水曜日 晴。佐藤さんに病気届をやって、今日と明日休むことにした。 昨夜金田一君から、こないだの二円返してくれたので、今日は 煙草に困らなかった。そして書き始めた。題は、「ホウ」あとで 「木馬」と改めた。 創作の興と性欲とはよほど近いように思われる。貸本屋が 来て妙な本を見せられると、なんだか読んでみたくなった。 そして借りてしまった。一つは「花の朧夜)。」一つは「情)の虎の 巻。」「朧夜」の方をローマ字で帳面に写して、三時間ばかり 費やした。 夜は金田一君の部屋に中島君と、噂に聞いていた小詩人君 ...

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2020/7/21

その11 石川啄木 ローマ字日記 Part11

十三日 火曜日 朝早くちょっと眼を覚ました時、女中が方々の雨戸をくっている 音を聞いた。そのほかには何も聞かなかった。そしてそのまま また眠ってしまって、不覚の春の眠りを十一時近くまでも貪った。 花曇りしたのどかな日。満都の花はそろそろ散り始めるであろう。 おつねが来て、窓ガラスをきれいに拭いてくれた。 老いたる母から悲しき手紙がきた。 「このあいだみやざきさまにおくられしおてがみでは、なんとも よろこびおり、こんにちかこんにちかとまちおり、はやしがつに なりました。いままでおよばないもりやまかないいたし ...

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2020/7/18

その10 石川啄木 ローマ字日記 Part10

十二日 月曜日 今日も昨日に劣らぬうららかな一日であった。風なき空に花は 三日の命を楽しんでまだ散らぬ。窓の下の桜は花の上に色浅き 若芽をふいている。コブの木の葉は大分大きくなった。 坂を下りて田町に出ると、右側に一軒の下駄屋がある。その前 を通ると、ふと、楽しい、賑やかな声が、なつかしい記憶の中から のように予の耳に入った。予の眼には広々とした青草の野原が浮 かんだ。・・・下駄屋の軒の籠の中で雲雀が鳴いていたのだ。一分 か二分の間、予はかの故郷の小出野)と、そこへよく銃猟に一緒に 行った、死んだ従兄弟の ...

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2020/7/17

その9 石川啄木 ローマ字日記 Part9

十一日 日曜日  八時頃眼を覚ました。桜という桜が蕾一つ残さず咲きそろって、 散るには早き日曜日。空はのどかに晴れ渡って、暖かな日だ。 二百万の東京人がすべてを忘れて遊び暮らす花見は今日だ。  何となく気が軽くさわやかで、若き日の元気と楽しみが身体中 に溢れているようだ。昨夜の気持ちはどこへ行ったのかと思われた。 金田一君は花婿のようにソワソワしてセッセと洋服を着ていた。 二人は連れだって九時頃外へ出た。  田原町で電車を捨てて浅草公園を歩いた。朝ながらに人出が 多い。予はたわむれに一銭を投じて占いの紙を ...

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2020/7/16

その8 石川啄木 ローマ字日記 Part8

(十日の続き) すでに人のいない所へ行くことも出来ず、さればといって、何一つ 満足を得ることもできぬ。人生そのものの苦痛に耐え得ず、人生そ のものをどうすることもできぬ。すべてが束縛だ、そして重い責任が ある。どうすればよいのだ? ハムレットは、「To be,or,not to be?」 と言った。しかし今の世では、死という問題はハムレットの時代より ももっと複雑になった。ああ、イリア! "Three of them"の中のイリア! イリアの企ては人間の企て得る最大の企てであった! 彼は人生 から脱出せん ...

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2020/7/15

その7 石川啄木 ローマ字日記 Part7

(十日の続き)  哲学としての自然主義は、その時「消極的」の本丸を捨てて、 「積極的」の広い野原へ突貫した。彼――「強きもの」は、あら ゆる束縛と因襲の古い鎧を脱ぎ捨てて、赤裸々で、人の力を 借りることなく、勇敢に戦わねばならなかった。鉄のごとき心を 以て、泣かず、笑わず、何の顧慮するところなく、ただましぐら に、己の欲するところに進まねばならなかった。人間の美徳と いわれるあらゆるものを塵のごとく捨てて、そして、人間のなし 得ない事を平気でなさねばならなかった、何のために? それ は彼にも分らない。否、 ...

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2020/7/2

その5 石川啄木 ローマ字日記 Part5

十日 土曜日 昨夜は三時過ぎまで床の中で読書したので、今日は十時過ぎに起きた。晴れた空を南風が吹きまわっている。 近頃の短篇小説が一種の新しい写生文に過ぎぬようなものとなってしまったのは、否、我々が読んでもそうとしか思わなくなってきた・・・つまり不満足に思うのは、人生観としての自然主義哲学の権威がだんだん無くなってきたことを示すものだ。 時代の推し移りだ!自然主義は初め我らの最も熱心に求めた哲学であったことは争われない。が、いつしか我らはその理論上の矛盾を見出した。そしてその矛盾を突っ越して我らの進んだ時 ...

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2020/7/1

その3 石川啄木 ローマ字日記 Part4

九日 金曜日 桜は九分の咲き。暖かな、おだやかな全く春らしい日で、空は遠く花曇りにかすんだ。おととい来た時は何とも思わなかった智恵子さんのハガキを見ていると、なぜかたまらないほど恋しくなってきた。「人の妻にならぬ前に、たった一度でいいから会いたい!」そう思った。 智恵子さん! なんといい名前だろう! あのしとやかな、そして軽やかな、いかにも若い女らしい歩きぶり! さわやかな声!二人の話をしたのはたった二度だ。一度は大竹校長の家で、予が解職願いを持って行った時。一度は谷地頭やちがしらの、あのエビ色の窓かけの ...

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2020/6/26

その3 石川啄木 ローマ字日記 Part3

4月8日の続きです。 --- 京都の大学生が10何人、この下宿に来て、7番と8番、すなわち余と 金田一君との間の部屋に泊まったのは、今月の1日の事だ。 女中は皆大騒ぎしてその方のようにばかり気を取られていた。 中にもお清-5人のうちでは一番美人のお清は、ちょうど3回 もちの番だったから、ほとんど朝から晩-夜中までもこの若い、 元気のある学生共の中にばかりいた。みんなは”お清さん、 お清さん”と言って騒いだ。中には随分いかがわしい言葉や、 くすぐるような気配なども聞こえた。余はしかし、女中共の 強度にちらち ...

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2020/6/25

その2 石川啄木 ローマ字日記 Part2

8日、木曜日 たぶん、隣室の忙しさに紛れて忘れたのであろう、(忘れるというのが既に侮辱だ。 今の余の境遇ではその侮辱が、また、当然なのだ。そう思って余はいかなる事にも笑っている。) 余は考えた。余は今までこんな場合には、いつでも黙って笑っていた、ついぞ怒ったことはない。 しかしこれは、余の性質が寛容なためか?おそらくそうではあるまい。仮面だ、 しからずば、もっと残酷な考えからだ。余は考えた、そして「ティウォテ女中」を読んだ。 空は穏やかに晴れた。花時の巷は何となく浮き立っている。風が時々砂を巻いてそぞろゆ ...

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2020/6/24

その1 石川啄木

今日からKindle Unlimitedを読み尽くす!をスタートします。 今年から1年365冊を読むことに決めたので、毎日書けるとは思います。 基本的には感想文を書きたいと思うのですが、ローマ字日記はあまりに読みづらいので日本語に書き換えてみようと思っています。 啄木の日記は1909年4月7日~17日の11日間。 11日シリーズで毎日1日分を掲載していきたいと思います。 約110年前の日本、東京を知るいい機会になりそうです。 == 4月7日 本郷区森川町1番地 新坂359号 外塀館別荘にて。 晴れた空に凄 ...

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